
高価で脆弱な兵器体系に過度に依存する米軍が、安価で技術的に進歩した兵器を大量配備してきた中国軍と本格的に衝突した場合、「シミュレーションでは毎回敗北する」という厳しい予測が示されたと、米紙ニューヨーク・タイムズ(NYT)が8日(現地時間)に報じた。
NYTは、米軍の抜本的な改革を求める社説シリーズの第1回として、中国による台湾侵攻を想定した米軍の対応を評価した米国防総省の内部文書「軍事優位性報告書(Overmatch Brief)」を引用し、こうした懸念を伝えている。以下は社説の要旨である。
米国防総省の作戦評価部門「ネット・アセスメント室」が作成したオーバーマッチ・ブリーフには、中国が米軍の戦闘機や大型艦艇、衛星を破壊し得る能力をどの程度備えているかが列挙されているほか、米軍の兵站網に存在するボトルネック(供給の詰まり)も具体的に示されている。この文書の内容が報道されるのは初めてだという。
報告書が描く将来像は一貫しており、なおかつ背筋が寒くなるようなものだ。
ピート・ヘグセス米国防長官は昨年11月、中国との全面戦争を想定した机上演習について「われわれは毎回負けている」と吐露したとされる。
元ホワイトハウスの高官も、2021年に受け取ったオーバーマッチ・ブリーフの説明を受けた際、「こちらが秘策として温存してきたあらゆる手段が、中国側の二重三重の対抗策にぶつかってしまう」と知り、大きな衝撃を受けたと振り返っている。
オーバーマッチ・ブリーフの指摘は、台湾をめぐる有事シナリオだけにとどまらない。
米国の仮想敵は、安価で技術的に高度な兵器を大量に配備している一方、米軍は高価でありながら脆弱な兵器に過度に依存している構図が浮かび上がるからだ。
さらに、米軍の「長期戦を戦い抜く力」が数十年かけて細ってきた現実も露わになっている。
冷戦に勝利してからおよそ40年が過ぎた今、米軍は現在のグローバルな脅威と破壊的な新技術に十分対応できる態勢を整えられていない。
どの国でも、軍事・政治の指導層が一つの前提や戦術、兵器体系に固執し、環境の変化に適応できなくなるのは珍しいことではない。
1940年、「マジノ線さえ守ればよい」と考えて壊滅したフランス軍や、2022年にウクライナへ大規模侵攻したものの、米国が供与したジャベリン対戦車ミサイルの前にロシアの機甲部隊が次々と破壊された事例は、その典型だとNYTは指摘する。
「約156兆円の国防費」がむしろ弱点を増幅
米国も今、同じ過ちに陥る危険にさらされている。
来年度の米国防予算は初めて1兆ドル(約156兆円)を超える見通しだが、その多くが米軍の弱点をむしろ拡大させる分野に浪費されかねないと、社説は警鐘を鳴らす。
米海軍の最新鋭空母「ジェラルド・R・フォード」は、10年以上に及ぶ建造期間を経て2022年に就役した。最新型の原子炉や電磁式カタパルト(航空機発進装置)を備えた超大型空母だが、建造費だけで130億ドル(約2兆円)に達する。これは、搭載される高額な艦載機や、空母防護のために必要な護衛艦隊の費用を含まない数字である。
こうしたフォード級空母は、中国が保有する極超音速ミサイルに対して脆弱だとされる。中国は現在、音速の約5倍で飛行する極超音速兵器を約600基備蓄しているとみられる一方、米国は同種のミサイルを1基も実戦配備できていない。
米空母を沈め得る静音性の高いディーゼル電気推進潜水艦を保有する国も複数存在する。
オーバーマッチ・ブリーフで行われた戦争シミュレーションでは、フォード級のような空母が次々と撃沈される結果が示されているという。
それにもかかわらず、米海軍は今後数十年をかけてフォード級空母をさらに9隻建造する計画を維持している。
中国のサイバー攻撃、旧式思考に縛られた米軍
中国は、米軍を正面から標的に据えている。
中国のハッカーグループ「ボルト・タイフーン」は、米軍基地の電力網や通信網、水資源供給を制御するコンピューターネットワークにマルウェア(不正プログラム)を潜り込ませてきたとされ、有事の際には米軍の兵力・装備の展開能力を麻痺させかねないと懸念されている。
それでも米サイバー当局は、中国が仕込んだマルウェアの完全な除去に苦戦しているのが現状だ。
歴代の米政権は、旧来型の戦争様式への投資に固執してきた。議会や国防総省に根付く強い慣性が、その一因だとNYTは分析する。
1990年代初頭に51社あった米防衛産業企業は、現在では5社の巨大企業が市場を寡占する構図となっている。既存の艦艇や航空機、ミサイルを高価格で納入し続けるほど利益が膨らむ仕組みであり、この構造が変革を阻んでいる。
軍組織の文化もまた、変化を拒む要因となっている。
高位の将官たちは、自身の経歴を支えてきた技術や戦術にこだわる傾向が強い。
2020年には、海兵隊司令官が機動力を高めて対中抑止力を強化するため、運用・維持が重い戦車部隊の廃止を決断したが、軍内部から激しい反発が起きた。その後のウクライナ戦争で戦車の脆弱さが改めて露呈したことにより、結果的に司令官の判断が先見的だったことが証明されている。
「高度で高価な兵器」頼みの限界
「精巧で高価なほど優秀だ」という思い込みも深刻だとNYTは指摘する。米軍は長年、極めて高価なオーダーメイド型の兵器体系に依存してきた。
冷戦期、旧ソ連も同じ道を歩もうとしたが、西側諸国はソ連に軍拡競争を仕掛け、財政的に行き詰まらせることで崩壊に追い込んだという経緯がある。
しかし、きわめて精密で高価な兵器は、短期間で大量生産したり、一度に多数を調達したりすることがほぼ不可能だという構造的な欠点を抱えている。
米陸軍は、ウクライナで使われているような1機あたり数百ドルの小型ドローンではなく、より高性能なドローンを1機あたり数万ドルかけて配備しようとしている。だが、こうした機体は製造に長い時間がかかる。
さらに、米国の防衛産業は砲弾や軍艦、航空機といった従来型の兵器でさえ、迅速に増産する能力を失いつつある。
米国は今年初め、イスラエル防衛のために高高度防衛ミサイルシステム「THAAD(サード)」の迎撃弾備蓄の約4分の1を、わずか12日間で撃ち尽くした。
ウクライナ戦争が3年目に入った今も、ウクライナ側が求める数量のパトリオット迎撃ミサイルを供給できていない。
米軍は数十年にわたり、こうした構造問題に正面から向き合うことを避けてきたと、NYTは批判する。
同盟国の防衛費増と「賢い投資」への転換を提言
ヘグセス国防長官は、情報漏洩や幹部の更迭騒動を招き、本来なら辞任してもおかしくない立場に追い込まれた。それでも、国内治安任務への部隊投入や麻薬取締りへの軍活用など、ドナルド・トランプ大統領の方針に忠実に従うことでポストを維持しているとされる。こうした混乱が、軍改革の必要性から世論の目をそらしている側面もある。
中国の軍備拡張、ヨーロッパでのロシアの脅威、そして人工知能(AI)が生み出すサイバー攻撃や生物兵器のリスクは、いずれも一過性ではなく長期的な安全保障課題だ。
米国の国防費は現在、国内総生産(GDP)の3.4%程度と、過去約80年で最も低い水準にある。カナダや日本、欧州諸国など同盟国が防衛費を引き上げることも不可欠だとNYTは訴える。
中国の圧倒的な産業力に対抗するには、同盟国とパートナーが世界規模で資源を結集し、中国の影響力拡大を抑え込む以外にない──社説はそう強調する。
同時に、米軍自身の弱点を補強できなければ、そもそも戦争を抑止することすら難しくなると警告する。
最終的に重要なのは、国防予算の額を際限なく膨らませることではなく、「どこにどう投資するか」を賢く見直すことだ。米軍の強さの象徴とされてきた既存の大型兵器に予算を注ぎ込むだけでは、イノベーションや環境変化への適応、古い前提を疑う姿勢をむしろ失わせかねない。
米国がより強い軍隊を必要とする最大の理由は、未来の戦争を起こすためではなく、起こさせないためにある。
敵が弱点を突く前に自ら問題を修正しなければ、抑止力はたちまち揺らぐ。
強力な軍事力を背景に、米国は戦後の国際社会で自由と繁栄が最も広く行き渡った世界秩序を築くうえで中心的な役割を果たしてきた。西ヨーロッパ、日本、韓国はいずれも、米国の安全保障コミットメントのもとで豊かな民主国家へと発展してきたとNYTは評価する。
その一方で、全体主義体制の中国がアジアで軍事的優位を確立し、ロシアがヨーロッパを恒常的に脅かす世界が現実となれば、米国民は貧しくなり、世界の民主主義は深刻な圧力にさらされるだろう。社説は、そうした近未来への危機感で結ばれている。















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