
ブラジルや南米諸国など、関税の標的となった国々の「救世主」を名乗り、中国が影響力を拡大している。
ドナルド・トランプ米大統領は7月30日(現地時間)、ブラジルに対し50%の高関税を課すと決定した。背景には、同氏の政治的同盟者だったジャイル・ボルソナロ前ブラジル大統領がクーデター容疑で裁判を受けている事情がある。米国はブラジル産コーヒーの最大輸入国であり、この措置によりブラジルのコーヒー農家は大きな打撃を受けることになった。
ブラジルコーヒー輸出協議会によると、昨年、米国は60キロ換算で814万袋を輸入し、自国消費の33%を占めた。次いでドイツ(759万袋)、ベルギー(437万袋)、イタリア(391万袋)、日本(221万袋)と続く。ブラジルは年間約6700万~6800万袋を生産し、世界シェア39%で首位に立つ。農家の約75%は小規模経営で、米国市場の縮小は直ちに生活を脅かす。近年は気候変動による不作も追い打ちとなっている。
こうした状況で、中国が救済役を買って出た。在ブラジル中国大使館はコーヒー輸出業者183社との取引を承認し、今後5年間で輸入を大幅に増やすと発表した。これは米国市場の空白を埋める狙いだ。昨年の中国の輸入量は93万袋にとどまり、韓国(106万袋)以下の14位だった。伝統的に茶文化が根強い中国の1人当たりコーヒー消費量は年16杯と世界平均(240杯)を大きく下回るが、この5年間で輸入量は6.5倍に増加し、若年層を中心に需要が拡大している。専門家は「ベトナムやインドネシアではなく、あえてブラジル産を選んだのは米国を牽制するためだ」と分析する。
ブラジルコーヒー輸出業者協議会のマルシオ・フェレイラ会長は「中国の大量輸入決定は農家にとって朗報だ」と述べた。中国はまた、大豆輸入の拡大にも乗り出す構えだ。ブラジルの農業コンサルティング会社セレレスは、2025~26年の大豆生産量が前年比2.5%増の1億7720万トンに達すると予測している。中国は米国産の代替としてブラジル産を確保し、供給の安定化を図ろうとしている。
中国の狙いは、ブラジルを含むグローバルサウス諸国との連帯強化にある。ブラジルの最大貿易相手国はすでに米国ではなく中国で、昨年の両国の貿易額は1,881億ドル(約27兆7,000億円)に達し、米国との貿易の2倍を超えた。ルーラ大統領は6月に北京を訪れ、習近平国家主席と会談し戦略的協力の深化を約束している。
さらにブラジルが米国を世界貿易機関(WTO)に提訴する動きに対し、中国は即座に支持を表明した。王毅外相は「中国はブラジルが不当な関税圧力に立ち向かうことを断固支持する」と強調し、ブラジル政府も「米国の高関税は内政干渉だ」と反発、中国の支援に謝意を示した。
一方で中国は、ロシア産原油の輸入を継続している。昨年は1億850万トンと過去最高を記録し、輸入全体の19.6%を占めた。中国外務省は「エネルギー供給は国益に基づいて調整する」と表明し、米国の圧力を拒否。人民元・ルーブル建て取引が制裁回避につながっていると専門家は指摘する。
また、中国はアフリカや東南アジアとの関係強化にも注力。米国が南アフリカなどに高関税を課すと、中国は同国と連携し鉱物資源協力を推進した。南アフリカはマンガン、プラチナ、パラジウムの主要埋蔵国だ。ベトナム、マレーシア、インドネシアなどとも外交・経済協力を深めている。
こうして中国は、米国の関税政策に不満を抱く国々を取り込み、影響力を広げている。中国国内では「トランプの関税が中国外交を後押ししている」との声もあり、米紙『ワシントン・ポスト』は「中国はトランプが自滅するのを静観している」と論じた。
結局、トランプ氏の関税攻撃はブラジル農家や国際貿易秩序に不安をもたらす一方で、中国には外交・経済的影響力を拡大する好機となっている。
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