
米国が欧州製の医薬品に対し15%の関税を課すことを決定し、製薬業界に衝撃が走っている。最高200%の関税を予告していたドナルド・トランプ大統領の発言に比べれば抑えられた水準とはいえ、業界には数十億ドル規模の新たなコストが発生する見込みだ。
高関税回避も、業界に数十億ドルの負担
28日付の米ニューヨーク・タイムズによれば、ホワイトハウスと欧州連合(EU)委員会の高官は、今回の15%の関税が確定したことを明らかにし、近く発表予定の中国やインドなどへの安全保障関連の関税とは無関係であると説明した。
欧州側は近年、医薬品がEU最大の対米輸出品であることを背景に、高関税が投資減少や雇用・税収への悪影響を及ぼすとして懸念を表明してきた。今回、国家安全保障を名目とした「セクション232条」による高関税からは除外されたが、15%という新たな関税は、企業および米国の消費者にとって価格上昇を招く可能性がある。
供給網と保険制度への影響拡大懸念
製薬産業は複雑なグローバル供給網に依存しており、多くの医薬品が各国の工程で製造される。中でも欧州は高価格帯の特許医薬品(ブランド薬)の製造拠点として重要で、アイルランドからは昨年だけで500億ドル相当の医薬品が米国へ輸出された。
米国薬局方によれば、米国内で使用されるブランド薬の主成分の43%、ジェネリック医薬品(後発医薬品)の18%が欧州産とされる。ボトックスや抗がん剤キイトルーダ、体重減少薬オゼンピックなどの有名薬も欧州で生産されている。
関係者によれば、ブランド薬は高収益のため供給懸念は少ないが、利益率の低いジェネリック薬では供給不足への懸念が強い。EUのフォン・デア・ライエン委員長は一部の欧州産ジェネリック薬について関税免除が適用されると述べたが、対象品目は明らかにされていない。
今回の関税は欧州製の完成品や原料医薬品を米国に輸入する製薬企業が負担する。企業はこのコストを、雇用主が提供する民間健康保険や政府のメディケア制度へ転嫁する可能性があり、患者負担の増加も懸念されている。
ニューヨーク、オレゴン、メリーランド州の保険会社は、来年度の保険料引き上げ幅の拡大を当局に申請しているという。
インド・中国も次なる標的に?
トランプ大統領はここ数ヶ月、より多くの医薬品製造を米国内に戻すべきだとして、高関税の導入を警告してきた。今年4月には「医薬品と原材料の輸入が国家安全保障を脅かすか否か」に関する調査を開始。これは過去に自動車業界などで適用された「通商拡大法232条」に基づくものだ。
欧州医薬品が232条関税から除外されたことで、今後はインドや中国といった主要製造国が次なる標的となる可能性が高まっている。特にインドはジェネリック医薬品の主要供給国であり、現在は米国との間で自国産業を守る貿易協定の締結を模索している。
一方、米国内の研究開発や生産コスト低下への影響を懸念する製薬業界は、今回の関税に強く反発。業界団体である米国研究製薬工業協会PhRMA)は5月の声明で「関税は国内生産の拡大には寄与しない」と批判している。
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