赤ちゃんは「愛」ではなく「アルゴリズム」で作る時代に?“スーパーベビー”技術で揺れるシリコンバレーの倫理観

「子どもは愛の産物ではない。アルゴリズムで選び、設計する」。そんな時代が、シリコンバレーで現実になりつつある。
生まれて間もない胚のゲノム情報を解析し、病気のリスクを数値化してスプレッドシートのように選別する。さらに、DNAそのものを編集して「望ましい」特徴を持つ子を設計しようという試みまで登場している。
17日付の『ワシントン・ポスト』によれば、サンフランシスコ拠点のスタートアップ「オーキッド・ヘルス(Orchid Health)」は、胚の遺伝子情報を基に将来の疾患リスクを予測するサービスを提供。創業者のヌール・シディキは投資家向けイベントで「遺伝子スクリーニングを通じて『より良い人間』をデザインできる」と豪語した。このイベントには、イーロン・マスクの子どもを4人出産したことで知られるテック業界幹部シヴォン・ジリスの姿もあったという。
オーキッドの手法では、わずか5つの細胞から30億の塩基対を解析し、1,200種以上の単一遺伝子疾患に加え、統合失調症・認知症・肥満など多因子疾患の発症リスクを「多因子スコア」として提示。シディキ自身、「夜の営みは楽しみのためのもので、子どもはスプレッドシートで選ぶ時代だ」と語り、自分もこの技術で4人の子をもうける計画だと明かしている。
この技術の費用は、1回の体外受精(IVF)あたり約2万ドル(約300万円)、胚ごとに2,500ドル(約37万円)が必要とされ、高額なため今のところ富裕層の間で利用されているが、技術に敏感な層を中心に需要は急拡大中だ。
ただし、科学界では賛否が分かれている。特に5個の細胞から全ゲノムを再現するという点について、「精度に大きな疑問がある」とする専門家も少なくない。また、多因子スコアを用いた予測そのものが「疑似科学」であるとする声もある。
オーキッド側は「この技術は従来の遺伝子検査では見逃されがちな疾患リスクをより正確に把握でき、多因子スコアはあくまで補足情報だ」と主張しているが、マーケティングではこのスコアを全面に打ち出しており、消費者に誤解を与えるとの批判も出ている。
さらに、胚の選別を超えてDNAそのものを書き換える技術も登場している。カリフォルニアのスタートアップ「ブートストラップ・バイオ(Bootstrap Bio)」は、人間の胚DNAを直接編集する「生殖細胞遺伝子編集」に取り組んでいる。
この技術は、編集された遺伝子がすべての細胞に作用し、その変化が子孫にまで継承される点で強い影響力を持つ。『ブルームバーグ』によれば、同社は当初成人向けの遺伝子編集を研究していたが、現在は胚編集に軸足を移し、米国の規制を避けて中米ホンジュラスで2026〜2027年に臨床試験を計画中とされる。
なお、アメリカではFDAがこの種の試験を一切受け付けていないが、民間資金による研究は法的に禁止されておらず、法規制の「抜け穴」が指摘されている。
同社には、出生数増加を目指す運動「プロナタリズム」を推進するシモーヌ&マルコム・コリンズ夫妻が出資しており、イーロン・マスクとの関係性も取り沙汰されている。シモーヌ・コリンズ氏は「遺伝子の改変で将来の病気を根絶できるなら、それは革命」とし、「利益ではなく人類の未来への投資だ」と語っている。
一方、倫理と安全性を懸念する声も強い。スタンフォード大学のグリーリー教授は「編集された子どもに何が起きるか、誰にも分からない」と警鐘を鳴らし、シカゴ大学のロリー・ゾロス教授も「子どもをパーツのように組み立てようとする思想自体が危険」と警告。国際科学者団体も今年5月、生殖細胞遺伝子編集について少なくとも10年間の全面停止を提言している。
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