
日本の宇宙探査は「最も遠く、小さく、難しい対象」に向かっている。米国が月と火星本体に集中し、中国が有人探査の拡大に拍車をかける中、日本は小惑星と衛星という「ニッチ軌道」を攻略している。その代表例が「はやぶさ2」と「火星衛星探査計画(MMX)」プロジェクトだ。いずれも巨大天体ではない。しかし、探査成功の鍵を握る複雑な軌道計算、精密着陸技術、極限環境でのサンプル採取など、宇宙技術の粋を集めた深宇宙難度最高レベルのミッションだ。日本はこれを精密性と応用性の舞台とし、独自の探査哲学を確立しつつある。
■はやぶさ2、6mの奇跡
2014年に打ち上げられたはやぶさ2は、6年間で52億kmを飛行し、地球から3億km離れた小惑星「リュウグウ」に到達した。最も劇的だったのは着陸地点の選定だ。当初計画では直径100mの平坦な地形を想定していたが、実際のリュウグウは岩とクレーターだらけだった。宇宙航空研究開発機構(JAXA)は大幅な計画変更を余儀なくされ、最終的に直径わずか6mほどの着陸地点を選択した。
さらに大きな決断が待っていた。1回目の着陸に成功した状況で、2回目の着陸を試みるかどうかだ。内部で激しい議論が交わされた。サンプルを確保した以上、これ以上リスクを冒す必要はないという慎重論と、より深い掘削で科学的価値を高めようという挑戦論が対立した。
津田教授は最終的に後者を選択した。チームは「できる」と言い、その信念に従った。はやぶさ2は2020年に地球に帰還し、数百mgのリュウグウの岩石サンプルは現在も分析が続けられている。
はやぶさ2の推進技術には日本独自の特徴が反映されている。核心は「マイクロ波放電式イオンエンジン」だ。一般的なイオンエンジンは電極を通じて放電するが、日本は電極を使用しないマイクロ波放電方式を採用し、摩耗を減らして長寿命化を実現した。微弱ながら持続可能なこの推進方式により、長距離・長期飛行が可能となった。また、着陸過程では事前に投下した「ターゲットマーカー」を基準に、高解像度カメラと距離測定レーザーを組み合わせて活用し、驚異的な10cm単位で着陸位置を制御した。これは世界最高レベルの精度だった。
■MMX、フォボスへの精密飛行
JAXAが次の挑戦対象として選んだのは、火星でも月でもなく、火星の衛星「フォボス」だ。直径約20kmのこの衛星は、重力が地球の1,000分の1しかない。そのような天体での着陸とサンプル採取は、技術的に最も繊細な設計が求められる。
MMXプロジェクトは、はやぶさ2で培ったサンプルリターン技術を基に、2026年にH3ロケットで打ち上げられる予定だ。探査機は「往復モジュール-探査モジュール-帰還モジュール」の3段分離設計となっており、飛行中に不要なモジュールを分離することで重量を削減し、推進効率を最大化した。着陸後はロボットアームを使用して2cm深の土を最低10g採取することが目標だ。JAXAは微小重力環境に近い状況をシミュレーションするため、マイクログラビティ実験を複数回実施した。
■日本はなぜ「小さなもの」を探査するのか
「日本の宇宙探査は挑戦的だ。規模は大きくないが独創的で、深い科学を追求してきた」。津田教授のこの言葉は、JAXAの戦略的方向性を端的に表している。
日本は米国や中国のような巨額の資本とロケットを前面に押し出す宇宙覇権路線ではなく、小型で精密な技術力を選択した。はやぶさ2は探査対象との距離だけでなく、その微細な着陸誤差を克服した高精度エンジニアリングの集大成だった。MMXは世界初となる火星圏のサンプルを地球に持ち帰ろうとする点で、さらなる挑戦となる。
この方向性は政策面でも明確だ。政府は2024年に宇宙航空庁を新設し、JAXAと民間企業、大学研究所間の三角協力を制度化している。中小企業中心の宇宙部品産業もグローバルなニッチ市場として成長している。彼らは大型軌道衛星よりも、キューブサット、深宇宙用通信機器、極低温センサーなどで競争力を確保している。
JAXA内部では「米航空宇宙局(NASA)が月に足を踏み入れたとき、我々は遠い小惑星に手を伸ばした」という自負がある。日本は宇宙技術を単なる産業ではなく、国家が持つ技術文化の集大成と捉えている。この文化は効率性よりも責任と精密さを重視する。今や日本の宇宙開発は純粋な技術を超え、国際社会で協力を主導する科学外交の領域に踏み込んでいる。今後、国際標準の構築やデータ共有協定にも日本主導の構想が盛り込まれる見通しだ。
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