
海でシャチを観察していた研究者の前に、1頭の若いメスが海鳥を吐き出して差し出すような仕草を見せた。まるで「これ、あげる」とでも言うように。そんな不思議な行動が、世界各地のシャチで相次いで確認されている。
米『CNN』によると、この出来事を目撃したのはカナダの海洋生物研究機関「ベイ・セトロジー(Bay Cetology)」に所属する研究員、ジャレッド・タワーズ氏。ある日2頭のシャチを観察していた彼の前に、若いメスの個体が急に海鳥を吐き出し、水面に浮かべたという。シャチはその後しばらく様子をうかがうようにじっとしていたが、カメラに向かって体を回転させた後、その鳥を再び飲み込んだという。
その数年後には、別のシャチが人間にアザラシの子どもを渡そうとするような行動も観察された。これらの事例を分析するため、タワーズ氏は国際的な研究チームと協力して過去20年間のデータを集めた。

その結果、2004年から2024年までの間に、シャチが人間に「獲物」を差し出したとされる事例は34件。北太平洋、南太平洋、大西洋、ノルウェー沖など、世界中の海域で確認され、成体・幼体を問わず幅広い年齢の個体で見られた。
餌を渡した状況もさまざまで、船の上にいる人間に対しては21件、水中では11件、沿岸付近では2件。差し出された「獲物」も、魚類、哺乳類、無脊椎動物、鳥類、爬虫類、海藻まで幅広く、種類は17種に及んだ。
興味深いのは、シャチの97%が人間の反応を数秒間じっと観察していた点だ。受け取らなければ再び餌を差し出すか、餌をくわえたまま去っていったという。一部はほかのシャチと分け合う様子も見せた。
ペットとして飼われている猫や犬が、獲物を飼い主に「プレゼント」する行動は広く知られているが、野生の捕食動物が人間に対して同様の行動をとるのは極めて珍しい。
こうした行動が「遊び」ではないかという見方もあるが、通常は幼い個体に限られる。しかし今回のような行動は、年齢に関係なく見られており、遊びとは言い切れない側面がある。
研究チームは、これはシャチにとって一種の「社会的交流」の可能性があると指摘する。タワーズ氏は「シャチ同士でも食べ物を分け合うことがある。それが人間にも向けられているとすれば、彼らが私たちと関係を築こうとしている証かもしれない」と語った。
また、知的好奇心から来る「観察行動」という解釈もある。タワーズ氏は「好奇心は不確実性を減らす手段だ」としたうえで、「シャチは人間の反応を見て、行動パターンを学習しようとしている可能性がある」と話した。
進化心理学の観点では、これが「種を超えた利他行動(他種への親切)」の手がかりになる可能性もあるという。
ただし研究者たちは、「興味深い行動ではあるが、決して人間から近づいたり、渡された餌を受け取るべきではない」と警告している。想定外の反応が起きるリスクがあり、過剰な接触は人間にもシャチにも危険をもたらす可能性があるという。
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