
遺伝子が完全に解読された未来、人間は生まれる前から疾患や欠陥を排除する。そうして生み出された「適正者」は社会の上層を占め、自然妊娠で生まれた「不適正者」は下層民として生きていく。1997年に公開された映画『ガタカ』は、遺伝子情報が階級を決定するディストピア社会の悲劇を描いている。
映画の中の話だと思われていた想像がシリコンバレーで現実となりつつある。子どもの遺伝的リスクを数値化し「最も健康な胚」を選ぶ方法が、ハイテク業界の高所得層を中心に広がっている。つまり「赤ちゃんは愛ではなくデータで作る」時代が到来したのだ。生命の始まりを「選択」と「設計」に変えるこの技術は、科学的妥当性への疑問とともに倫理的論争の的となっている。
サンフランシスコに本社を置くスタートアップ「オーキッドヘルス(Orchid Health)」が、体外受精(IVF)過程で胚のゲノムを分析し、1,200以上の疾患の発症可能性を予測するサービスを提供していると、17日(現地時間)にワシントン・ポスト(WP)が報じた。
オーキッドヘルスはわずか5個の細胞で30億対のゲノムを分析し、統合失調症、アルツハイマー、肥満などの疾患に対して「多遺伝子リスクスコア(PRS)」を算出するという。PRSとは遺伝子情報を統計的に分析して、特定の疾患にかかる可能性を数値で予測する技術だ。例えば、アルツハイマーに関連する遺伝子が発見されると、「PRSスコアは上位5%です」といった形で通知される。
オーキッドヘルスのヌール・シディクィCEO(Noor Siddiqui)は投資家との会合で「性交は楽しむためのものであり、子どもはスプレッドシートで選ぶ時代だ」と述べ、「私自身もこの技術を使って子どもを持つ予定だ」と語った。
WPによると、この会合に出席していた人物の中にはテスラのイーロン・マスクCEOの子どもを産んだシボーン・ジリス氏も含まれていたという。マスクCEOとジリス氏の4人の子どものうち、少なくとも1人はオーキッドヘルスのゲノム選別技術を通じて生まれたとされる。シディクィCEOはSNSの「X(旧Twitter)」で、「オーキッドは遺伝的に恵まれた世代を生み出し、疾患を回避する道を開いている」と明かした。

米国では遺伝子予測に関する具体的な規制がないため、オーキッドヘルスのような企業が急速にサービスを拡大している。オーキッドヘルスの最初の赤ちゃんは2023年末に誕生し、現在米国内の100以上のIVFクリニックでサービスが利用されている。これは1年前の2倍の数字だ。
しかし、科学的根拠が不十分だとの指摘もある。スタンフォード大学のスヴェトラナ・ヤツェンコ(Svetlana A. Yatsenko)教授はWPとのインタビューで「5個の細胞で全ゲノムを検査する過程では、無数のエラーが発生する」と述べ、「特定の疾患を持つ遺伝子がないと断言するのは、事実上ロシアンルーレットに近い危険な判断だ」と警告した。
一部の遺伝性疾患を除く大多数の疾患は環境や基礎疾患など複数の要因が複合的に作用して発症するため、ゲノム検査だけで胚を選択することは非科学的だという。また、この技術が米国と欧州系白人のゲノムデータに基づいて設計されているため、他の人種に対しては精度が低下する可能性がある点も問題視されている。
体外受精1回につき約2万ドル(約296万9,890円)、胚1個あたり2,500ドル(約37万1,236円)の分析費用がかかるため、高所得層のみが利用できるという点も批判の対象になっている。
さらに論争を呼ぶ技術も登場した。カリフォルニアのスタートアップ「ブートストラップ・バイオ」は、人間の胚のDNA自体を編集する「生殖細胞系列ゲノム編集技術」を開発し、投資家を募っている。米食品医薬品局(FDA)は生殖細胞系列ゲノム編集を含む臨床試験を全面的に禁止しているため、ブートストラップ・バイオは中米ホンジュラスで臨床試験を推進しようとしている。
この技術もまた、人体に適用した場合の副作用や遺伝子修正が周辺の遺伝子に与える影響などが未解明だ。今年5月、国際組織工学・再生医療学会(TERMS)と米遺伝子細胞治療学会(ASGCT)などは、これらの理由から「今後10年間、遺伝可能な人間ゲノム編集の全面中止」を勧告する共同声明を発表した。
科学的根拠が不十分だとはいえ、疾患予防と遺伝子の最適化が「より優れた人間」を生み出せるという考え方は広がりつつある。シリコンバレーの「スーパーベビー」実験が、映画『ガタカ』が描いた遺伝子に基づく階層化社会を助長する可能性があるとの懸念が出ている。
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