
北朝鮮で金正恩国務委員長による恐怖政治が本格的に拡大していく前兆として、政権初期に発覚した軍部隊視察時の「豚を使った偽装演出」が重要な転換点だったとの分析が浮上している。この出来事は、金正恩自身が最側近を含む軍首脳部から虚偽の報告を受け、組織的に欺かれていた事実を認識する契機となった象徴的事件とされる。

金正恩は2012年の政権掌握直後、軍の「戦争準備」の実態を直接確認するため、最前線に近い複数の軍団を自ら巡回した。視察に先立ち、軍首脳部は「戦争準備は完全に整っている」と強調していたが、現地で目にした光景は報告内容と著しく乖離していた。兵士の多くは深刻な栄養失調状態にあり、病室には厳冬をしのぐ毛布すら不足するなど、補給体制は事実上崩壊していた。
こうした中で、金正恩の怒りを決定的に爆発させ、その後の大規模な粛清と規律強化につながる引き金となったのが、部隊が管理していた豚農場だった。ある部隊の豚舎を視察中、金正恩は「なぜこの豚が昨日見た別の部隊の豚とまったく同じなのか。あちらの豚をここに移してきたのではないか」と強い疑念を示したという。

実際には、金正恩の移動経路に合わせて健康な豚をトラックで運搬し、次の部隊に先回りさせたうえで「当該部隊の豚」と偽装する周到な演出が行われていた。兵士の劣悪な食糧事情を隠蔽するため、同一の豚を部隊間で移動させながら動員していたのである。
この事実を確認した金正恩は、「人を騙すだけで飽き足らず、動物まで動員して私を欺くのか」と激怒し、関係する指揮官らを厳しく叱責したと伝えられている。軍内部の虚偽体質と腐敗が、自身の権威を根底から脅かしていると認識した瞬間だったとみられる。
結果として金正恩は、この「豚騒動」を契機に、規律の全面的な立て直しが不可欠だと判断し、それまで対外的に見せていた比較的穏健な指導者像を転換させた。強力な粛清と恐怖による統制を通じて権力掌握を加速させる路線へと明確に舵を切ったのである。この事件は、その後に行われた張成沢処刑をはじめとする大規模粛清へと連なる、恐怖政治確立の礎となったとの見方が強い。















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