
9月3日、マサチューセッツ州の連邦地方裁判所が下した判決は、単なる第一審以上の意味を持つ。米トランプ政権によるハーバード大学の助成金22億ドル(約3,258億4,260万円)凍結措置に対し、違憲判決が下されたのだ。注目すべきは、これがトランプ政権2期目発足後、連邦裁判所が行政部の主要政策を阻止した8例目だという事実である。
ロサンゼルス(LA)州兵の投入、議会承認なしの関税賦課、出生地主義の廃止、これらすべての措置が裁判所の壁に阻まれた。行政命令の発表と裁判所による却下、このサイクルがまるで予定されていたかのように繰り返されている。
ここで疑問が生じる。なぜトランプ政権は失敗が予想される違憲的措置を繰り返し試みるのか。そして、裁判所の相次ぐ制動にもかかわらず、こうした試みが止まらない理由は何か。多くの人がトランプ大統領の特異な性格を原因として指摘する。しかし、これは木を見て森を見ない見方だ。真の答えは、個人の性向を超えた構造的な次元にある。
我々が目撃しているのは、司法部と行政部の単なる権力闘争ではない。1960年代の公民権運動以降に蓄積された進歩的成果を、大統領権限を極大化して解体しようとする保守陣営の長期戦略がついにその姿を現したものと理解する必要がある。

トランプ大統領の違憲的行動は即興的な逸脱ではない。その背後には、保守界が50年かけて練り上げてきた権力再編の青写真がある。それが「単一執行府理論(Unitary Executive Theory)」だ。この理論の論理は単純だ。憲法が行政権は大統領にあると明記しているのだから、大統領が行政部全体を完全に掌握すべきだというものだ。すべての連邦機関と公務員は大統領の直接指揮を受けるべきで、独立規制機関や議会の牽制は違憲だと主張する。
この思想の根は1970年代にさかのぼる。ベトナム戦争の敗北とウォーターゲート事件で大統領権限が失墜した時期、同時に公民権運動の成果が制度化されつつあった頃だ。人種差別撤廃、女性の権利拡大、環境規制強化など、保守派はこれらすべての進歩的変化を「過度な政府介入」と規定した。そして逆説的な解決策を提示した。より強力な大統領だけがこうした「左派的」政策を一挙に覆せるというのだ。
2001年の9月11日は、この理論を現実のものにする機会となった。ブッシュ前政権は国家安全保障を前面に掲げ、議会の同意なしの盗聴、無期限拘束、海外での秘密裏の拷問を行った。大統領権限の境界が事実上消失した瞬間だった。
トランプ大統領はさらに一歩踏み込んだ。ヘリテージ財団が主導する「プロジェクト2025」は単一執行府理論の完成版だ。900ページに及ぶこの文書は、就任直後に数十万人の連邦公務員を入れ替え、すべての独立機関を大統領直属に再編するロードマップを含んでいる。さらに、議会の掌握と憲法改正まで視野に入れた3段階戦略も明記されている。
今我々が目撃しているのは、単なる政治的対立ではない。238年間続いてきた権力分散の原則と、これを崩そうとする保守派の長期プロジェクトが正面衝突する歴史的瞬間なのだ。

トランプ政権が裁判所の連敗にもかかわらず違憲的措置を繰り返す理由は何か。答えは「先に執行、後に訴訟」という計算された戦略にある。まず実行し、法的責任は後で負うことで政策を既成事実化する手法だ。この戦略の核心は、バレーボールでいう一種の「時間差攻撃」である。
行政部は大統領の署名一つで命令を下せるが、司法部は手続きと審理を経なければならない。デジタル速度対アナログ速度の戦いで、判決は常に一拍遅れる。実際、行政命令発表から裁判所判決まで最低4~8か月がかかる。この期間中、政策はすでに現実を変えている。第一審や第二審の裁判所判決後も、即座に政策が無効化されるわけではない。
ハーバード大の助成金凍結が典型例だ。4月に22億ドルを打ち切り、違憲判決は9月に出た。その5か月間で研究は中断され、多くの研究チームが解散した。実際、400人以上の研究者が職を失ったとされる。裁判所が違憲と宣言しても、すでに起きたことを簡単に元に戻すことはできない。
関税の「爆弾」も同様だ。トランプ大統領は国家非常権を根拠に世界中に一方的な関税を課した。控訴裁判所が権限濫用と判決を下したが、効力停止は10月まで猶予され、最終判決は来年になる。それまで関税は徴収され続け、貿易秩序はすでに再編される。
さらに深刻な問題は、執行力の非対称性だ。裁判所判決を強制執行する連邦保安官はわずか3,500人だ。一方、大統領が指揮する連邦公務員は330万人、軍は130万人だ。裁判所が中止を命じても、実際の執行は行政部の役割だ。大統領が抵抗すれば、裁判所には強制する手段が事実上ない。
議会が弾劾を行うべきだが、上院で3分の2の支持を得るのは現状では期待できない。トランプ大統領は政権1期目で2度も下院で弾劾されたが、上院では否決された。もちろん、米国史上、上院まで弾劾が可決されて辞任した大統領はまだいない。
さらに、最終変数は最高裁だ。6対3で保守優位、そのうち3人はトランプ大統領が任命した。もし最高裁が単一執行府理論を少しでも認めれば、下級審の判決は一瞬で崩れる。さらに進んで、権力集中を正当化する判例が積み重なる可能性もある。
したがって、裁判所の連続判決を司法部の勝利としてのみ解釈してはならない。これはむしろ、米国民主主義が消耗戦に突入したというシグナルだ。「先に執行、後に訴訟」は単なる便法やトランプ大統領個人の即興性から生じたものではなく、憲法が設計した抑制と均衡のシステムそのものを迂回して権力構造を覆そうとする、保守陣営の周到な戦略として理解する必要がある。
つまり、ここで見逃してはならないのは、トランプ大統領と保守陣営の共生関係だ。保守派は50年かけて準備した権力再編理論をトランプ大統領を通じて現実で実行する。トランプ大統領は保守派が提供する理論的正当性と「プロジェクト2025」という具体的ロードマップを自身の政治的野望に利用する。この理念と野望が出会ったこの結合こそが、今、米国の憲政秩序を揺るがす真の脅威なのだ。
トランプ大統領と保守陣営が実行中の「プロジェクト2025」は単なる政策集ではない。大統領権限を恒久化するための3段階ロードマップだ。彼らはすでに第1段階を実行している。トランプ大統領は行政命令で既成事実を作り、裁判所を後追いさせる。違憲判決が出ても関係ない。現実はすでに変わり、裁判所の執行力には限界がある。議会が弾劾に成功する可能性もない。
第2段階の目標は2026年中間選挙だ。保守陣営は議会掌握のために15億ドル(約2,220億2,287万円)を募っている。上下院を制すれば、トランプ大統領の行政命令を法律として固め、憲法第3条を活用して裁判所の審査権を制限する法案も準備されている。この目標が達成されれば、これまでの違憲判決は一瞬で無力化できる。
第3段階は憲法改正だ。保守系法学者たちはすでに改正案の草案を練っている。1937年のルーズベルト前大統領の「裁判所拡大案」を復活させ、最高裁判事を13人、15人に増やす計画も立てた。保守優位を恒久化するのが狙いだ。
したがって、2026年中間選挙が分水嶺となる。彼らが議会まで手に入れれば、今の司法部の抵抗は無駄な足掻きになる。トランプ大統領と保守陣営は、マディソン前大統領の抑制と均衡を解体するシナリオを着々と進行中だ。
裁判所がすでに8回制動をかけたが、これは米国司法の勝利ではなく、米国民主主義の脆弱性を示していると理解するのがより合理的だ。判決は遅く、執行力はなく、2026年以降にはそもそも無力化される可能性もある。
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