
北朝鮮の金一族による世襲体制が、かつて崩壊寸前にまで追い込まれていた可能性があったことが、元北朝鮮情報機関関係者の証言によって明らかになった。1990年代、権力継承期にあたる時期の政権内部では、体制の根幹を揺るがす重大事件が相次いでいたという。
2014年に脱北した元情報員のA氏は、英国メディアに対し匿名を条件に応じた取材で、金正日が実質的に権力を掌握しつつあった時期、少なくとも二度にわたり直接的な暗殺未遂が発生していたと証言した。
最初の事件では、男が自動小銃を携え金正日の目前に現れる事態となった。発砲直前に近接警護部隊が制圧し、事態は未然に防がれたとされる。二度目は交通事故を装った計画的な犯行で、二十トン級の大型トラックが金正日搭乗とみられた車列に突入した。ただし当時、金正日は直前に予備車両へ移動しており、被害を免れたという。
暗殺未遂にとどまらず、体制転覆を狙った大規模なクーデター計画も二件存在していた。最初はロシア留学経験を持つ親露派官僚らが主導した計画で、ロシア領事館への攻撃を通じて混乱を誘発し、外部勢力の関与を引き出した上で政権奪取を狙ったものだった。
続いて、北朝鮮軍内部の一部勢力による軍事クーデター未遂も確認されている。平壌の主要施設を攻撃し、武力によって政権を掌握する構想だったが、いずれの計画も実行前に情報当局が把握し、首謀者らは粛清され、計画は失敗に終わった。
これら一連の動きは、強権的統治の背後で、北朝鮮の権力中枢が慢性的な不安定さを抱えていた実態を示している。専門家の間では、仮に金一族体制が当時崩壊していた場合、その後の体制がどのような形を取ったかは断定できないとしつつも、少なくとも当時の北朝鮮が深刻な内部危機に直面していた点は否定できないとの見方が示されている。













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