
米国で、脳死状態となった女性が胎児を理由に90日以上も延命治療を受けていることが明らかになり、同州の厳しい中絶法をめぐる議論が高まっている。
今月21日、現地メディア「NPR」によると、米ジョージア州在住のアドリアナ・スミスさん(30)は、今年2月、妊娠9週目で突然意識を失い、病院で脳死と診断されたという。しかし、アトランタにあるエモリー大学病院は、同州の中絶禁止法を根拠に、彼女の臓器機能を人工的に維持し続けている。ジョージア州では、胎児の心拍が確認される妊娠約6週以降の中絶が法律で禁じられている。
現在、スミスさんの妊娠期間は22週に達しており、引き続き人工呼吸器や薬剤による生命維持処置が行われているという。
スミスさんの母親であるエイプリル・ニューカークさんは、地元放送局とのインタビューで、「孫は視覚障害や歩行困難を抱えて生まれてくるかもしれない。私たちが妊娠を中断する決断をしたかどうかは分からないが、大事なのは『選択する権利』が私たちに与えられるべきだったという点だ」と訴えた。
今回の事例は、法的な論争にも発展している。民主党のナビラ・イスラム・パークス州上院議員は、州の司法長官に対し、脳死状態の女性にも中絶禁止法を適用することの是非について法的な見解を求めた。
パークス議員は「脳死状態の女性の身体を胎児のインキュベーターとして維持するという解釈は、医療倫理や人間の尊厳に反するものであり、いかなる法律もそのように運用されるべきではない」と強調した。
これに対し、州司法長官側は「生命維持装置を取り外す行為は、中絶を目的としたものではないため、法律違反にはあたらない」との見解を示した。
エモリー大学病院はこの件に関して公式なコメントは出していないが、複数のメディアに送付した声明で、「医療チームは、関連法令、臨床専門家の意見、医学文献などを総合的に考慮し、患者ごとの状況に応じた治療判断を行っている」と説明した。
専門家らは、中絶を憲法上の権利として認めた「ロー対ウェイド」判決が撤廃された以降、医療現場ではこのように法律解釈をめぐる混乱が増えていると指摘している。
カリフォルニア大学デービス校のロースクール教授で法学者のメアリー・ジグラー氏は、「司法長官は『問題ない』との立場だが、病院側は法的リスクを懸念し、慎重な判断をせざるを得ない状況だ」と述べた。
今回の法案を提出した州上院議員のエド・セツラー氏は、「病院が胎児の命を救おうとしているのは非常に適切な対応だ」とし、「今回の出来事は、無実の命の価値を再認識させるものだ」と強調した。
ジグラー教授はまた、「ロー対ウェイド判決が覆された後、各州で人格権に関する法律が本格的に適用されることで、体外受精、国勢調査、養育費などさまざまな分野で新たな法的論争が生じる可能性がある」と懸念を示した。
今回のケースは、最終的に連邦最高裁まで持ち込まれる可能性もあるとみられている。
なお、「ロー対ウェイド」判決とは、1973年に米連邦最高裁が「女性の中絶は憲法上の権利である」と認めた歴史的な判決であり、アメリカ現代史において最も重要な判例の一つとされている。