ルーベンスの名作『サムソンとデリラ』、再び贋作疑惑が浮上
イギリスのナショナル・ギャラリーが所蔵するバロックの巨匠ピーテル・パウル・ルーベンスの名画『サムソンとデリラ』が、再び贋作疑惑の渦中にある。
この作品は旧約聖書に登場するサムソンとデリラの物語を主題とし、デリラの裏切りの瞬間を鮮烈な色彩と強い明暗の対比で描いた油絵。横幅205cm、高さ185cmの大作で、1609年から1610年ごろに制作されたとされている。

ナショナル・ギャラリーは1980年、ロンドンのオークションハウス「クリスティーズ」でこの作品を250万ポンド(現在の価値で約1,000万ポンド=約19億6,258万円)で落札。だが購入以降、真贋を巡る議論は絶えず続いている。
不自然な来歴と技術的な違和感
この絵画は、1690年代の記録を最後に美術史から姿を消し、1929年に突如再登場した点から疑念が寄せられている。
当時、作品をルーベンス作と鑑定したのはドイツの美術史家ルドヴィヒ・ブルハルト氏だったが、彼の死後、営利目的で複数の作品を誤って認定していたことが明らかになり、その評価に疑問が投げかけられた。
作品そのものにも不自然さが指摘されている。筆遣いの粗さや、デリラの衣装の雑な彩色、サムソンの背中の筋肉の解剖学的な誤りなどから、20世紀に描かれた模作の可能性があるとの声も上がっている。
2021年には、人工知能(AI)を用いた分析により、「91%の確率で贋作」との結果が出され、波紋を呼んだ。
さらに問題視されているのが、作品の裏面に貼られた現代的な合板の存在だ。これによって、原作に関する重要な情報が隠されてしまっている。
ナショナル・ギャラリーがこの合板の存在について初めて公式に触れたのは、購入から2年後の1982年に開催された理事会および1983年の技術報告書だった。1990年代の展覧会カタログには「1980年の購入以前に新しい合板が取り付けられた」との説明もあった。
しかし最近、元キュレーターのクリストファー・ブラウン氏が英紙『ガーディアン』とのインタビューで「合板を貼ったのはギャラリー自身だった」と発言。その後「ナショナル・ギャラリーを信じるべきだ」と発言を撤回し、関係者の混乱は一層深まっている。
ギャラリー側は疑惑を否定
長年にわたり贋作の可能性を主張してきたポーランド出身のルーベンス専門家カタジナ・クシジャグルスカ・ピサレク氏は、「ナショナル・ギャラリーは議論に応じず、こちらが反論できない論点ばかり提示してくる」と批判した。
一方、ナショナル・ギャラリー側は「『サムソンとデリラ』は長年にわたりルーベンスの代表作として評価されており、贋作と疑った専門家は一人もいない」として、疑惑を一蹴している。