
イギリスの伝説的ロックバンド「クイーン」のボーカル、フレディ・マーキュリー(1946~1991)の「隠し子」とされる女性が、希少がんとの闘病の末に亡くなったと報じられた。
15日(現地時間)、英紙「デイリー・メール」などによると、マーキュリーの娘だと主張していた女性ビビ(Bibi)さんの夫トーマスさんは「妻が希少な脊椎がんの一種である脊索腫との長い闘病の末、安らかに息を引き取った」と明かした。
ビビさんは幼少期に希少がんと診断され、一度は寛解したものの、その後再発し、生涯にわたり闘病生活を送っていたという。医師として働いていた彼女は家族とフランスに住んでおり、死後、遺灰はアルプス上空に撒かれたという。
作家レスリー・アン・ジョーンズは、昨年夏に出版した著書『Love, Freddie』で、マーキュリーが友人の妻との間に関係を持って娘ビビさんが生まれ、DNA検査結果もあると主張した。
ジョーンズによると、ビビさんは2021年にがんを再発した後、直接連絡を取り、自身の話を世に伝えたいと申し出て、その後4年間、共著して伝記を完成させたという。ビビさんは人生最後の旅行として家族と南米を訪れ、「バケットリスト」に入っていたペルーのマチュピチュを訪問した。
ビビさんは生前、「父の死後、彼への攻撃と事実の歪曲に耐えなければならなかった」と語り、「15歳で父を失い、一人で大人にならざるを得なかった」と主張した。マーキュリーは1991年、エイズ合併症により45歳で亡くなっている。
だが、ビビさんが実際にマーキュリーの実子であるかについては議論が続いている。マーキュリーの恋人であり友人、そして遺産相続人でもあるメアリー・オースティンさんは「そのような子供の存在は全く知らない」と述べ、親子関係の存在を否定した。
オースティンはまた、マーキュリーがビビさんに17冊の日記を残したという主張についても「彼は日記やノートを書かなかった」と反論。クイーンのギタリスト、ブライアン・メイの妻である女優のアニタ・ドブソンも「あり得ない話だ」と主張した。
一部のイギリスメディアは、クイーンの楽曲「Bijou」と「Don’t Try So Hard」がマーキュリーの娘を念頭に書かれた可能性を指摘。マーキュリーが亡くなるまでビビさんと個人的に連絡を取り続けていたという主張も併せて報じた。













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