収益も需要も不確実だったが、「もはやゲーミング会社ではない」と宣言し、会社の未来をかけて研究開発に注力
2022年ChatGPT登場、NVIDIAだけがGPU需要に対応

NVIDIAが、時価総額で史上初めて約5兆ドル(約800兆円)を突破した背景には、ジェンスン・フアン最高経営責任者(CEO)の先見の明と、不確実な状況でも投資を止めなかった大胆な決断があった。
フアン氏は2012年、画像データセット「イメージネット(ImageNet)」を用いた世界最大の画像認識技術コンテスト「ILSVRC」をきっかけに、人工知能(AI)が世界を変えると確信し、研究開発(R&D)に注力した。その結果、同社のグラフィック処理装置(GPU)は「ゲーム用チップ」から「AIの心臓部」へと進化し、現在のNVIDIAの礎を築くこととなった。
2012年、人工知能(AI)の歴史は大きな転換点を迎えた。「ImageNet」に登場したAIモデルが、従来の枠組みを根本から変えたのだ。
カナダ・トロント大学のジェフリー・ヒントン教授とイリヤ・サツケバー氏(元OpenAI共同創業者)らの研究チームが開発した「アレックスネット(AlexNet)」は、それまで人が輪郭や色などの特徴を一つずつ指定していた機械学習方式を捨て、AIが数百万枚の画像から自ら学習してパターンを見つけ出す「深層学習(ディープラーニング)」の構造を取り入れた。

サツケバー氏は「AlexNet」の開発にあたり、ゲーム用GPUを活用した。GPUはもともと3Dグラフィック処理のために、数千もの演算を同時に実行できるよう設計された並列処理チップである。サツケバー氏はアマゾンで2基のGPUを購入し、モデルの学習に用いたところ、学習速度と精度が飛躍的に向上することを確認した。
中央処理装置(CPU)が逐次演算に特化しているのに対し、GPUの並列構造はディープラーニングの演算要件にぴたりと合致していた。「AlexNet」は「ImageNet」で誤認識率16%という驚異的な成果を上げ、2位(26%)に10ポイントもの差をつけて圧勝した。
この出来事は「ディープラーニング革命」の引き金となった。AI研究の主流はディープラーニングへと移行し、GPUはAI研究に欠かせない装置としての地位を築き始めた。
しかし当時、NVIDIA社内でこの変化の重要性を理解していた人は多くなかった。ある開発者は「フアンCEOでさえ、最初はその報告を信じなかった」と明かし、「ディープラーニングという言葉自体がまだ馴染みの薄い時代であり、ある意味当然の反応だった」と振り返った。

しかし、AI研究者を中心にGPU需要が急増し、現場の声に耳を傾けたフアンCEOは、次第に考えを改めていった。彼は過去のインタビューで、「もし新しい技術が過去30年のコンピューター・ビジョン研究を凌駕するものだとしたら、一歩引いて『なぜそうなのか』を問う必要があった」と当時を振り返り、「これは本当に拡張性があるのか、そして意味のある進歩なのか、そうした問いを自分に投げかけ続けた」と語っている。
この過程で、フアンCEOはディープラーニングを「普遍的に考える機械」と定義し、GPUを単なるグラフィック用チップではなく、人間の学習を模倣する脳型コンピューターとして捉えるようになった。
2012年、フアンCEOは社員宛てのメールで「私たちはもはやゲーム企業ではない。AIコンピューティング企業だ」と宣言し、GPUをAIデータセンター向けチップへ転換するプロジェクトを本格的に始動させた。
フアンCEOは当時のAIチップ市場を「ゼロ兆ドル市場」と呼んだ。まだ市場そのものは存在しないが、ひとたび扉が開けば数兆ドル規模に成長すると確信していたからだ。収益も需要も未知数の中、彼はその見通しに全社の未来を託した。

これは、フアンCEOが掲げる「未来成功早期指標(EIOFS)」の考え方とも通じている。フアンCEOは「真に重要なKPI(主要業績評価指標)は、将来の好ましい結果をいち早く予測できるものでなければならない」とし、「そうした指標こそが、企業が正しい方向へ進んでいるかどうかを示すシグナルになる」と強調している。
彼はこの理念のもと、短期的な利益よりも将来に大きな変化をもたらす可能性のある分野への投資を続けてきた。
NVIDIAの「CUDA」開発は、その象徴的な例だ。2000年代半ば、学界ではすでに金融モデリングやコンピュータシミュレーションなどの分野でGPUが活用され始めていた。当時、研究者たちは自ら開発したアルゴリズムをGPUで容易に実行できる専用言語の必要性を訴えていた。
これを受け、フアンCEOは市場が存在しなかったにもかかわらず、CUDA開発プロジェクトを承認した。こうして2006年に登場したCUDAは、現在ではAI産業の標準プラットフォームとしての地位を確立している。フアンCEOは「いつかGPUが学習の基本言語になると信じて、CUDAの開発を決断した」と説明した。
AI企業への転換を進めたNVIDIAは、2013年12月にテスラ向けチップの開発を行った後、2017年にはAI演算に最適化されたGPU「Volta」を発売し、市場開拓を加速させた。
そして2022年、OpenAIのChatGPTが世界的な注目を集めた際、急増するGPU需要に対応できたのはNVIDIAだけだった。インテルやAMD、Googleなどの主要テック企業も、AI時代の到来やAIチップ市場の成長を予測することはできなかった。
延世大学経営学部の趙教授は、「EIOFSのように将来を見据え、短期的な成果にとらわれない経営手法は、一般の企業が容易に模倣できるものではない」と指摘した。
さらに「NVIDIAの成功要因を1、2点で説明することは難しいが、フアンCEOの未来を見据えた大胆な意思決定と長期的な投資が、現在の成功に大きく寄与したことは明らかだ」と述べた。加えて「競合企業も現れつつあるが、現状を見ればNVIDIAの独走は当面続くと考えられる」と強調した。















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