「暴力ではなく配慮」…国家情報院初日に揺れた脱北特殊戦司令部出身者

脱北直後、韓国の国家情報院に入った元北朝鮮特殊戦司令部の女性兵士。彼女が初めて目にした光景は、それまで知っていた世界とはまるで違うものだった。監獄と調査は暴力とセットだという北朝鮮での常識が一切通じない空間。そして驚くほど温かい人間的な扱い。その一つ一つが、彼女の人生観を根底から揺さぶり始めた。
国家情報院に到着したのは夜9時を過ぎた頃。彼女を待っていたのは、荒々しい取り調べではなかった。わずか10分後に運ばれてきたのは、湯気の立つ温かい夕食だった。白いご飯、牛肉のスープ、白菜キムチにカクテキ、そして薄い海苔が2枚。北朝鮮の軍隊では一生見ることもなかった食事に、彼女は思わず固まった。キンパ一切れさえ貴重だった日々を思い出し、「もしかして秘密部隊に配属されたのか」と錯覚するほどだった。
調査は厳しかった。複数の機関が入れ替わりで来るため、同じ質問を何度も繰り返された。答えが少しでもずれると、また最初からやり直しになる。それでも、北朝鮮のような暴力は一切なかった。調査官は彼女が思い出せずにいると、ヒントを出しながら待ってくれた。それどころか、彼女の出身部隊の詳細まで正確に把握していて、逆に彼女の方が驚いたほどだった。

最も衝撃的だったのは、むしろ小さな配慮の積み重ねだった。調査官が差し出してくれるビタミン飲料。「夜は長いから」と用意してくれるお菓子。そして「あなたの情報には正当な価値があり、きちんと報酬をお支払いします」という説明。彼女は生まれて初めて「報奨」という言葉を耳にした。
食事にも驚かされた。北朝鮮の監獄では、ご飯に肉のスープが少しでもかかると悪臭がして、食事自体が苦痛だった。そのため国家情報院でも、肉の匂いが混ざるとほとんど喉を通らなかった。それに気づいた調査官は、次の食事からすぐに肉料理を別皿で出すようにしてくれた。「お願いすれば何でも聞いてくれるんだ」と思わず口に出たほどだった。
トイレでさえカルチャーショックだった。北朝鮮の監獄では、扉を叩けば看守がついてきた。尋問中なら殴る蹴るが当たり前。ところが国家情報院では、明け方3時だろうがいつだろうが、ノックさえすれば職員がすぐに扉を開けてくれる。そして戻ってくるまで静かに待っていてくれた。彼女は後にこう振り返っている。「暴力が一度もないということが、逆に怖く感じられたほどだった」

こうした経験を通して、彼女は自分がなぜ韓国を選んだのかをはっきりと理解したという。北朝鮮では真実を話しても殴られる。韓国では真実を話せば手続きが終わり、権利が守られる。調査官の丁寧な言葉遣い、一食一食の温かさ、トイレの扉を叩いたときに返ってくる優しい応答。そのすべてが「もう二度と戻れない理由」になった。革命の義務よりも、人間として扱われる人生の方がずっと大切だ——彼女は初めてそう思えるようになったという。
国家情報院で過ごした短い日々は、彼女の人生を丸ごと変える転機となった。北朝鮮では想像すらできなかった配慮と尊重を経験した彼女は、こう語る。「韓国は恐怖ではなく、人間を大切にする国だった」。そうして彼女は、新しい人生を選び取った。
















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