
デビュー32年目を迎えた女優ハン・ゴウンが、女優ではなく別の道を選んでいたとしても成功していたはずだと、自信に満ちた一面を見せた。
偶然が重なって実現した映画のようなデビュー秘話の裏には、長年培ってきた確かな実力と、人生を前向きに受け止める余裕があった。

YouTubeチャンネル「コウンオンニ ハン・ゴウン」で公開された「ハン・ゴウンが可愛がっている後輩たちとの飲み会で明かす過去の話(2026新年会)」と題した動画で、ハン・ゴウンが後輩俳優の悩みに真摯なアドバイスを送った。
後輩が「この仕事以外に自信がない。まだ最初の一歩すら踏み出せていないような気がする」と胸の内を打ち明けると、ハン・ゴウンは「私は女優をしていなくても、別のことをやって十分成功していたという自信がある」と語った。

「この仕事は自分で選んだ道に過ぎない。たとえこの仕事でなくても十分に生きていけるという自信があった」と語り、意外な過去も明かした。
ハン・ゴウンは「子どもの頃は生物学が好きで、解剖学ではA+を取ったこともある」とし、「動物が大好きなので、もし今もう一度人生をやり直せるなら獣医になっていたかもしれない」と語った。続けて、「私はさまざまな選択肢の中から、心に余裕を持ってこの仕事を選んだことが大きかったと思う」と付け加えた。

この揺るぎない自信は、ドラマチックなデビュー秘話と重なり、さらなる興味を引く。
ハン・ゴウンの芸能界入りは、まさに偶然の連続だった。
米国でモデルのアルバイトをしていた当時、親交のあったカメラマンが本人に内緒でプロフィールを応募したことをきっかけに、1995年の「スーパーエリートモデル選抜大会」に出場することになった。

当時の彼女にとって、大会への参加は芸能界デビューが目的ではなかった。
ただ「無料で韓国に遊びに行きたかった」という理由から出場しただけだった。
入賞後も迷うことなく米国へ戻り、一般企業に就職したハン・ゴウンだったが、韓国出張中に姉のハン・ソンウォンの雑誌撮影現場を訪れたことが人生の転機となった。
撮影当日、無断欠席したモデルの代役として急きょ撮影に参加することになり、その出来事が芸能界入りのきっかけとなった。

完璧な仕上がりが高く評価され、そのまま雑誌の表紙モデルに抜擢されたハン・ゴウンは、当時米国の職場での1か月分の給料に相当する300万ウォン(約32万円)の広告出演料のオファーを受け、韓国に拠点を移すことを決意した。
その後、チキンブランドのCM撮影中にカメラ監督の目に留まり、映画『太陽はない』への出演が決定。本格的にトップスターへの階段を上り始めた。














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