
ドナルド・トランプ米大統領がイランへの強硬姿勢を初めて示したのは、34歳の不動産業者だった1980年にさかのぼる。米国人52人が人質として拘束されたイランの神権体制に対し、「米国を侮辱した」として強い怒りをあらわにした。
それから40年以上が経過した現在、大統領となったトランプ氏は、イスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相の強い働きかけもあり、イランとの戦争に踏み切った。しかし、開戦から6週間が過ぎた現在、米国の力を誇示するはずだったこの戦争は、むしろ覇権の揺らぎを世界に示すものとなっている。
1956年、イギリスとフランスはスエズ運河の奪還を図ったが、結果的に覇権的地位の低下を招いた。この「第二次中東戦争(スエズ戦争)」は、大国が自らの健在ぶりを誇示しようとして戦争に踏み切った結果、かえって衰退を招いた典型例とされる。同様に、米国もイランを短期間で打倒できると見込んでいたが、現実は必ずしもその想定通りには進んでいない。
こうした歴史的な構図は、それにとどまらない。イスラエルという協調勢力、戦略的要衝、早期に崩壊すると見られていた相手国、事前の協議すら行われなかった同盟国など、1956年の構図が、現在に再び現れているとの見方も出ている。
最も注目されるのは、「抑制役」の交代だ。スエズ戦争当時、米国のアイゼンハワー政権がポンド支援を拒否するなどしてイギリスとフランスに圧力をかけ、事態の収拾を主導した。一方、今回のイラン情勢では、中国が同様の役割を担ったとみられる。米紙ニューヨーク・タイムズは、イランを説得して停戦交渉の場に引き出したのは、米国ではなく中国だったと伝えている。
シカゴ大学で中東の近現代政治経済を研究する歴史学者のアーロン・ジェイクス氏は、こうした状況を「逆転したスエズ戦争」と表現している。
ジェイクス氏は、今回の戦争がイギリス・ポンドの衰退過程をなぞる可能性があると警告する。イギリスはポンドの基軸通貨としての地位を維持しようとしてスエズ戦争に踏み切ったが、結果的には通貨体制の揺らぎを早めた。同じように、米国も湾岸地域における覇権の再確認を図ったものの、かえって逆風に直面しているとの見方を示した。
イランはすでに、ホルムズ海峡の通行料について、ドルに代えて中国の人民元や暗号資産での受け取りを開始している。
単一の航路や通行料の仕組みが、直ちにドル建ての石油取引を基盤とする「ペトロダラー体制」全体を揺るがすとは考えにくいものの、ジェイクス氏は「この戦争は、イギリスが阻止しようとしていた問題の顕在化を加速させた」と指摘した。その上で「6週間前には存在しなかった新たな問題を生み出した」と述べた。将来的に歴史学者がドル覇権の衰退の起点を論じる際、今回の出来事が言及される可能性がある。
懸念は歴史学者にとどまらない。米コンサルティング会社のストラテジック・リソース・グループで長期流通分析を担当するバート・フリッキンガー氏は、今回の事態を「現代世代が直面する最悪の危機」と位置付ける。また、エルメス、LVMH、ケリングといった世界的な高級ブランドの株価が昨年1年間でそろって約28%下落したことについて、「ラグジュアリー市場が崩れれば、世界的な危機の前兆となる」と警告した。
現在、米国の消費者は医療費や税負担、食費、住宅費、交通費、保険料、教育費など、主要な支出項目のほぼすべてで同時にコスト上昇に直面している。こうした状況は過去70年で初めてとされる。戦争に伴う原油価格の上昇が低所得層により大きな負担をもたらす一方、最近の税制改正の恩恵は高所得層に偏っており、「K字型」と呼ばれる格差の拡大が一段と進んでいる。
2,000億ドル(約31兆8,000億円)超の資産を運用するスライベント・フィナンシャルの最高投資責任者、デイビッド・ロイヤル氏は、「消費者の不満は高まっているが、支出はなお続いており、現時点で景気後退とは言えない」とし、「消費者信頼感が底を打つ局面が、景気後退の引き金となる可能性がある」と警鐘を鳴らした。
フリッキンガー氏は、そうした局面がすでに近づいているとみている。ミシガン大学が公表する消費者信頼感指数で、今年3月の水準が2022年6月の過去最低値にわずか3ポイント差まで迫っているためだ。同氏はこれを「ローマ帝国のような大国の衰退過程を思わせる状況だ」と指摘した。
仮に交渉が米国に有利な形で決着したとしても、損なわれた同盟関係の修復は容易ではない。ロシアは、世界が最終的に必要とせざるを得ないエネルギー供給源としての地位を強め、中国はイランが信頼を寄せる仲介役として存在感を高めた。米国がこの10年近く最大の戦略的競争相手と位置付けてきた両国が、今回の戦争を通じてかえって影響力を強めた格好だ。
ジェイクス氏は、NATOの参戦を見送った欧州の同盟国について、「米国とイスラエルの無謀な行動の中で、安定した国際秩序の可能性を守ろうとする勢力だ」と評価した。問題の本質は同盟の離脱ではなく、米国の対応にあるとの見方を示した形だ。
ポーランドのラドスワフ・シコルスキ外相の発言が、現在の同盟国の複雑な心理を象徴しているとされる。
「米国の覇権が損なわれないことを願っている。しかし、それが現実となるのが恐ろしい」
















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