トップスターと財閥家の結婚、その始まりと終わり…
コ・ヒョンジョンとチョン・ヨンジンの8年6か月

韓国を揺るがした「世紀の結婚」は、結局8年6か月で幕を下ろした。絶大な人気を誇っていた女優のコ・ヒョンジョンと、新世界グループのチョン・ヨンジン会長の出会いは、始まりから終わりまでまるで映画のようで、多くの話題と疑問を残した。二人の最初の出会いから結婚、離婚、そして現在に至るまでの歩みを振り返る。
コ・ヒョンジョンは1993年、最高視聴率65%を記録し「帰宅時計」とも呼ばれたドラマ『砂時計』で全国的な人気を獲得し、一躍トップスターの座に上り詰めた。一方、チョン・ヨンジン会長は、サムスングループ創業者のイ・ビョンチョル氏の外孫であり、新世界グループ会長のイ・ミョンヒの長男という背景を持つ、いわゆる財閥3世として知られていた。
二人の縁は1993年、米ニューヨーク・ブロードウェイのミュージカル劇場で始まった。道に迷っていたコ・ヒョンジョンをチョン・ヨンジン会長が手助けしたことがきっかけだったとされる。コ・ヒョンジョンは後年、「財閥だったからではなく、洗練されたユーモアを持つ優しくて魅力的な人だったから惹かれた」と振り返っている。
1995年、二人は結婚を発表すると同時に、コ・ヒョンジョンが芸能界を引退することを明らかにし、世間に大きな衝撃を与えた。

結婚後、コ・ヒョンジョンは徹底してベールに包まれた生活を送っていた。ロイヤルファミリーの一員として認められるべく内助に専念したものの、大衆の関心が薄れることはなかった。漢南洞(ハンナムドン)の邸宅前で義父を見送る姿や、上流階級向けの料理教室に参加する様子が時折報じられる程度だった。
1998年に長男ヘチャン、2000年に長女ヘインを出産し、安定した家庭生活を築いているように見えたが、不和説は絶えなかった。2001年に発生した約1億5,000万ウォン(約1,620万円)相当のダイヤモンド指輪盗難事件、さらにその後の高級外車の衝突・盗難事故などは、二人の関係をめぐる疑念を一層強める要因となった。
そして2003年11月、二人は性格の不一致による家庭内不和を理由に、離婚を正式に発表した。当時、チョン会長の莫大な資産規模に比べ、コ・ヒョンジョンが受け取った慰謝料が15億ウォン(約1億6,200万円)にとどまったことは、大きな衝撃を与えた。子どもたちの養育権は、チョン会長が持つことで合意された。

コ・ヒョンジョンは離婚理由について、「あまりにも若い年齢で結婚し、準備が足りなかったのだと思う」と、自責の念をにじませながら語った。それでも「人だけを見れば、もう一度戻ったとしてもあの方と結婚していたと思う」と述べ、かつての深い愛情を隠さなかった。
離婚後、コ・ヒョンジョンは2005年のドラマ『春の日』で華々しく芸能界に復帰。その後、『善徳女王』で演じたミシル役により演技大賞を受賞し、唯一無二の存在感を持つ女優としての地位を再び確立した。受賞スピーチでは、子どもたちへの思いを語り、目頭を熱くする場面もあった。
一方、チョン・ヨンジン会長は2011年にフルーティストのハン・ジヒと再婚し、新たな家庭を築いた。現在はSNSを通じて積極的に発信を行い、大衆との交流を続けている。二人の子どもたちは米国で学業を修め、すでに成人した。
中でも長女ヘインは、SNS上で実母であるコ・ヒョンジョンについて「記憶はあまり残っていないが、本当に美しい方だと思う」と語り、敬意を示したことで注目を集めた。
かつて一時代を彩った二人の縁は、いまやそれぞれの場所で新たな歴史として静かに刻まれている。













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