
体操界で「天才少女」と呼ばれていた日本体操代表出身の鶴見虹子(33)が、現役引退後に夜の街で働いていたことを告白した。
鶴見虹子は22日、メディアCHANTOとのインタビューで「引退後の現実は想像以上だった」とし、「オリンピック選手がこんなに困窮しているなんて、後輩たちに夢を与えられないという強い危機感もあった」と語った。
続けて「最も効率的に成功した人たちに会うためにキャバクラで働いた」とし、「六本木にあった店10軒以上の面接を受けたが、すべて落ちた」と述べた。「当時27歳で、指名客もいない引退したアスリートにとって、夜の世界は厳しかった。1年かけて徐々に指名客を増やし、六本木を経て銀座で働くようになった」と語った。
鶴見虹子は14歳の時に日本選手権大会で初優勝し、その後日本選手権大会6連覇、2008年北京オリンピックと2012年ロンドンオリンピック出場の経歴を持つエリート選手だった。しかし2015年、23歳の時にアキレス腱の怪我で引退した。
鶴見虹子は引退後、指導者の道を歩まなかった理由について「18年間体操を続けてきたので、『もう十分やり切った』と思った」とし、「引退後5年間は、自分自身を見つめ直す時間だと思い、さまざまなアルバイトを経験した」と語った。
飲食店のアルバイトをはじめ、国会議員秘書のアシスタント、一般事務補助まで様々な仕事をしながら彼女は「体操よりも勉強をして良い大学に行けばよかったという思いもあった」と語った。そして「会社を経営してみたいという考えが芽生え、成功した人たちに会って話をしたくてキャバクラで働くことになった」と述べた。
また、「当時の私はまだ若く、お金もほとんどなかった」とし、「経営者たちが集まる会合に参加するのは難しかった」と自らの選択について説明した。
続けて「最初は夜の仕事をしていることが記事になるのではないかと不安だった。でも、経営者たちと話をして学ばなければ経営はできないので『学びたい』という気持ちが大きかった」とし、「その時に出会った方々は、事業を始める時に大きな力になっている」と付け加えた。
現在、鶴見虹子は体操教室を経営し、アイドルの育成にも携わっている。「アイドルと体操を組み合わせ、もっと市場を広げたいという思いから始めた」とし、「これを通じて体操業界の低賃金構造を変えていきたい」と述べた。
続けて「私と同じような思いを次の世代にはしてほしくないので、今は(エリート)選手を育成していない」とし、「オリンピック選手の引退後の環境が整っていない現状で、選手を育成するのはあまりにも酷だと思う」と見解を示した。
















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