
穏やかな土曜の朝だった5月31日午前8時42分、ソウル地下鉄5号線の列車が汝矣島(ヨイド)駅を出発し、麻浦(マポ)駅に向かっていた。
その車内に、白い帽子を目深にかぶった男性が現れた。彼は突然リュックからペットボトルを取り出し、中の黄色い液体を床にまき始めた。ガソリンだった。予想外の事態に乗客たちは悲鳴を上げ、隣の車両へと逃げ出した。
混乱の中、妊娠中の女性が床にこぼれたガソリンで滑って転倒。靴やスマートフォンを放り出したまま、必死に逃げようとしたそのとき、男はライターで火をつけた。
これら一連の出来事は、わずか20秒足らずの間に発生した。炎は瞬く間に車両4号車を包み込んだ。妊婦があと2〜3秒遅れていれば、火に巻かれていた可能性があったという。
この一部始終は、ソウル南部地検が6月25日に公開した車内の防犯カメラ映像に克明に記録されていた。
放火を行ったのはウォン容疑者(67)。検察は殺人未遂、現住列車放火致傷、鉄道安全法違反の罪で起訴した。強い殺意があったと見ている。
幸いにも、この事件での人的被害は発生しなかった。これは、2003年の大邱(テグ)地下鉄火災を受けて内装材が不燃素材に変更されていたこと、そして乗客たちが迅速に避難したことが大きかった。
乗客の中には非常ハンドルを作動させて列車を緊急停止させ、ドアを開放して有毒ガスを車外へ排出した人もいた。その後、備え付けの消火器で残り火を消し止めた。
検察は「再現実験の結果からも、ガソリン特有の急速な燃焼拡大によって、避難が遅れていれば多数の死傷者が出ていた可能性が高い」と指摘する。
その後、運転士の指示で乗客たちは線路を歩いて避難し命をつなぐことができた。
市民の冷静な対応も目立った。混乱の中でも、体の不自由な人や高齢者を支えながら脱出を助ける姿が見られた。
また、出勤途中だった警察官4人が容疑者の逮捕に貢献。ソウル警察庁第8機動隊のチョン・ソンファン巡査とシン・ドンソク巡査、科学捜査課のイ・ジュヨン警衛、鍾路(チョンノ)警察署のチョン・ジェド警監がその人物だ。
彼らは放火後、隣の車両で倒れていたウォン容疑者を一般乗客と思い、ストレッチャーで汝矣(ヨイ)ナル駅まで搬送。しかし、手に付着した黒いススを不審に感じた警察官が追及を続けた結果、その場で現行犯逮捕に至った。


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