
俳優キム・ヘユンが、7年にわたる無名時代を率直に振り返った。
14日に放送されたtvNのバラエティ番組『ユ・クイズ ON THE BLOCK』に出演したキム・ヘユンは、俳優として歩んできた道のりを語った。高校生の頃に演技学院へ通い始め、9か月後にドラマ『TV小説 少女サムセン~漢方医の夢~』に子役として出演し、本格的に俳優活動をスタートさせたという。
しかし、その後の道のりは決して順調ではなかった。無名だった7年間は所属事務所もなく、演技の練習と撮影を並行して続けていた。撮影開始が早朝だったり、山奥でのロケが組まれた際には、父親の助けを借りたり、エキストラ用の車両に同乗して現場へ向かったこともあったと明かした。

キム・ヘユンは、オーディションは100回以上受けたと語り、落選が続いたことで「今日も落ちるだろう」という思いを抱きながら会場に向かっていたという。現場ではさまざまな理由で叱責を受け、精神的に耐え難い言葉を投げかけられることも少なくなかった。「放送では伝えられない言葉も多い。現場で強い言葉を浴びることが本当に多かった」と振り返り、つらい出来事があるたびに車の中で一人泣いていたと語った。
無名時代には端役だけで約50本の作品に出演し、学業と演技を両立させていた。寒さの厳しい撮影現場でスタッフから暖房器具を勧められても、自分にはその資格がないと感じて断っていたという。「大丈夫です」という言葉が口癖になっており、高校生の頃には極寒の中での撮影により指が凍傷になり、腫れ上がって爪が剥がれたこともあったと明かし、スタジオを驚かせた。それでも「1日に映画を1本観る」「1日1時間運動する」といった自分なりのルールを守りながら、無名時代を耐え抜いてきたという。

7年の歳月を耐え抜いた末、キム・ヘユンは「SKYキャッスル〜上流階級の妻たち〜」のオーディションで200対1の競争率を突破して合格した。「今日も落ちるだろうという気持ちで行った。会場には綺麗な人も多く、見覚えのある顔もたくさんあった。その中の一人がボラだった」と当時を回想した。続けて「オーディション当日にセリフをもらったが、分量が7ページほどだった。落ちると思っていたのに、受かった。私にとってはターニングポイントだった」と明かした。
これを聞いたMCのユ・ジェソクは、その後キム・ヘユンが数々のヒット作に出演してきたことに触れ、tvNドラマ『ソンジェを背負って走れ』を挙げた。キム・ヘユンは「心から感謝している作品。これほど愛されるとは思っていなかった。イム・ソルという役を通して、人としても多くのことを学んだ」と作品への思いを語った。
キム・ヘユンは、無名時代の自分に伝えたい言葉を問われると、「よく頑張っていると声をかけてあげたい」と語った。
続けて、「あの時期がなければ前に進むことはできなかったと思う。自分にとって大きな足がかりとなり、夢に近づくための大切な時間だった」と振り返り、これまでの歩みを前向きに振り返った。













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