KBS 1TV『朝の広場』の「花咲く人生授業」で、コ・ミョンファンが死の危機を乗り越え、幸せな人生を送っている近況を明かした。
19日放送の同番組にはムン・ギョンファン、パク・ゴムヒ、コ・ミョンファンが出演し、逆境を克服して夢に挑戦したそれぞれの人生を語った。この日コ・ミョンファンは、交通事故をきっかけに作家として新たな人生を歩むようになった近況を打ち明けた。

コ・ミョンファンは「父が早くに亡くなり、できるだけ早くお金を稼げる学科を探した。演劇映画科に入れば、入学と同時に収入を得られる活動ができるという文章を見た。それがきっかけで軍に入隊し、慰問列車で公演を行った。そのとき先任だったホン・ソクチョンが『本当に面白い』と言ってくれた。そして1994年のKBS大学ギャグ祭で金賞を受賞し、コメディアンとしてデビューした」と振り返った。
しかし「その後も無名時代が続き、復学して学校に通いながらMBCに移ったが、数年間は無名のままだった。最後の挑戦だと思って作った方言キャラクターが大ヒットし、ムン・チョンシクと『ワリョンボンチュ』というコーナーで人気を集めた。番組出演も増え、映画やドラマのオファーも来た。ドラマ『海神-ヘシン-』ではソン・イルグクの右腕役としても活動した」と説明した。
だが、「その頃、マネージャーが居眠り運転をして大型トラックに衝突する事故を起こした。病院で目を覚ますと医師から『すぐに遺言を残しなさい。1秒後に亡くなるかもしれない。遺言を言っても生きていたら、そのとき症状を説明する』と言われた。心臓に血の塊ができており、破裂すれば命を落とす可能性があるということだった」と明かした。
当時を振り返り、コ・ミョンファンは「もし生き延びたら、もう流される人生は送らない」と遺言のように語ったという。その後、奇跡的に血の塊が小さくなり、一命を取り留めたと話し、驚きを誘った。
事故後、コ・ミョンファンは見舞いに来る人々に本を持ってきてほしいと頼み、読書を通じて人生の答えを模索したという。現在はそば店の経営、作家としての執筆活動、YouTube運営など、自身が望む分野で活動していると語り、スタジオから拍手が送られた。













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