五輪の栄光から夜の世界へ…“天才少女”と呼ばれた元日本代表が27歳で選んだ意外すぎる人生

日本体操界で「天才少女」と呼ばれた元日本代表の鶴見虹子(33)が、現役引退後、夜の接客業に就いていたことが明らかになり、衝撃を呼んでいる。
鶴見は全日本選手権で6連覇を果たし、2008年北京オリンピックと2012年ロンドンオリンピックに日本代表として出場した。
鶴見は22日、「CHANTO WEB」のインタビューで、「引退後、クラブでホステスとして働いていた」と明かした。
アキレス腱断裂で突然現役を引退した鶴見は、何の準備もないまま厳しい現実に直面した。
五輪に出場するほどの世界レベルの選手だった鶴見は、引退後、ベンチャー企業に入社して体操指導者として働いたものの、給与が低く生活を維持するのが難しく、長くは続かなかった。
その後、生計を立てるため、街頭でチラシ配りのアルバイトまでしなければならなかった。
さらに、風俗店でも働いていたことを明かした。
鶴見は「五輪選手がなぜそのような店で働いたのか」との質問に、「成功した人たちに最も効率よく出会える場所だと思った」と答えた。
六本木の10店舗以上で面接を受けたものの、採用されなかったという。鶴見は「当時は27歳で、常連客もいない元アスリートに夜の世界は厳しかった」と振り返った。さらに、「1年かけて常連客を一人ずつ増やし、その後、六本木や銀座へ移ることができた」と語った。
鶴見は「最初は『夜の街で働いていることが報じられたらどうしよう』『自分のイメージが崩れるのではないか』と不安だった」と振り返った。一方で、「成功した経営者たちと話し、学ばなければ、経営はできないと思った」と明かした。
現在は夜の仕事を離れ、体操教育事業を運営する一方、アイドルの育成にも力を入れている。
鶴見は「体操とアイドルを組み合わせ、体操をより多くの人に親しまれる文化にしたい」との抱負も語った。
さらに、「体操界の低賃金構造も改善したい」と述べた。















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