
駐キューバ北朝鮮大使館で勤務していた李東奎(リ・イルギュ)元参事は、北朝鮮の外交官の中でも最上位層に属する人物であった。韓国とキューバの国交樹立を阻止するため、現地で対韓妨害工作の最前線を指揮し、その功績により金正恩(キム・ジョンウン)総書記から表彰を受けた経歴を持つ。
その李氏が2023年、家族と共に亡命し、韓国に入国した。本人が出演したYouTubeチャンネル「マネーインサイド」の番組では、北朝鮮体制の内部で進行していた人間関係の悪化と、制度的な保護の欠如が脱北を決断した主な要因であったことが語られている。
李氏によれば、体制に忠誠を尽くしてきたにもかかわらず、海外公館内では腐敗が常態化していたという。後輩外交官からの継続的な金銭要求や、地位を背景とした侮蔑的な態度が日常化し、持病の治療に必要な最低限の支援すら拒否されたと明かした。個人の安全や健康よりも、組織内の力関係が優先される現実に直面したことが、体制への信頼喪失につながったと説明している。
2022年、新型コロナウイルス感染症の影響下で北朝鮮に残っていた最後の肉親である義母が死去した。これにより、北朝鮮国内に残る人的な結びつきは完全に断たれた。さらに、海外生活を経験した子どもに将来の選択肢を残したいという判断が、家族単位での脱出を後押しした。
脱出の過程は極めて不安定であった。当時、キューバと韓国の間に国交はなく、経由国では移民問題を理由に政治亡命が拒否される事例もあった。一時は北朝鮮の同盟国であるベネズエラへの強制送還が現実味を帯びたが、韓国大使館の支援により、48時間に及ぶ調整の末、韓国行きの航空機への搭乗が実現した。
仁川(インチョン)国際空港に到着した際、本人が感じたのは安堵よりも重い責任感であったという。大韓航空の機内で目にした韓国社会の競争的な雰囲気に対し、家族を支え続けられるのかという現実的な不安が先立ったと振り返っている。国家情報院の調査過程で受けた「過去の肩書きを捨てなければ定着は難しい」という助言は、その後の生活を方向付ける指摘となった。
現在、李氏は韓国国民として生活している。当初は生活保護の対象となり、精神的な負担を抱える時期もあったが、現在は能力に応じた機会を得て、家族中心の生活を築いている。北朝鮮のパスポートでは移動の自由がほとんどなかったのに対し、韓国のパスポートが持つ移動の自由度を実感していると述べ、「自由には命を懸ける価値がある」と語っている。
北朝鮮体制の中枢に近い人物の選択は、個人の問題にとどまらず、体制内部で進行する統治構造の硬直化と信頼低下を示す事例として、周辺国にとっても無視できない示唆を含んでいる。













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