
『ソ・ジャンフンの隣の百万長者』では、19歳で一家を支える立場となった「マンドゥ(韓国の餃子)クイーン」ナム・ミギョンの波乱に満ちた人生と、有名俳優の子どもによる「モクバン(食事コンテンツ)」をきっかけに夢を実現した経緯が紹介される。
信用ブラックリストや指の切断事故を乗り越えてきたナム・ミギョンの歩みも伝えられる予定だ。
29日午後9時55分放送の同番組では、年商230億ウォン(約24億8,500万円)、1日生産量20トンを誇るナム・ミギョンの成功の背景と、その裏にある人生の軌跡に迫る。
今回の放送では、1日約150種類のマンドゥ(韓国の餃子)が生産される延べ約2,500坪(約8,300㎡)規模の工場内部が公開され、原材料の下処理から配合、成形に至るまで、生産ラインの一連の工程が紹介される。
さらに、出勤までわずか10秒という生活スタイルや、社内の一角に設けられた簡素な居住スペースで暮らす日常についても取り上げられる。
テレビも置かれていない空間に、衣類や最低限の生活用品のみが並ぶその部屋は、「最もコンパクトな百万長者の住まい」とも形容され、ナム・ミギョンの質素な生活ぶりが注目される。

今回の放送では、数々の困難を乗り越え「マンドゥ事業」で成功を収めたナム・ミギョンの過去にも焦点が当てられる。
19歳で家計を支える立場となったナム・ミギョンは、事故で倒れた父に代わり家族の生計を担うことになった。最初に選んだ仕事は化粧品の訪問販売だったという。「友人に見られるのが気になり、顔を上げられなかった」と当時を振り返った。
その後、保険営業で実績を積み、やがてマンドゥ流通事業に参入したが、「女性には難しい」といった偏見に直面するなど、順調とは言えないスタートだった。それでも粘り強く営業を続け、1990年代後半には月収2,000万ウォン(約216万円)に達した。
しかし、予期せぬ出来事をきっかけに経営は悪化し、信用ブラックリストを抱える事態に至る。「3カ月間、ほとんど売れなかった」と当時の厳しい状況を明かした。
さらに、製造作業中の事故で指を負傷した経験についても語った。「忘れられない出来事だった」と振り返り、現場には緊張が走った。
それでも事業を続ける中で転機が訪れる。テレビ番組で有名俳優の子どもたちがナム・ミギョンのカルビマンドゥを紹介したことをきっかけに注目が集まり、売り上げは急回復。わずか3カ月で年間売上に匹敵する成果を記録したという。
ナム・ミギョンは「おいしいものを作り続ければ、必ず評価されると信じていた」と語った。













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