「30年間、誰も船の名を知らなかった」金貨400枚超と古文書が暴いた“難破船の正体”

英国で発見された難破船の正体が、発見から約30年を経て明らかになった。
大英博物館のウェブサイトは、最近公開したオンラインの冊子で、独立系の歴史学者のイアン・フリエル氏が、サルコム湾の難破船の謎を解明したと紹介した。
1995年、英国の南部沿岸のサルコム湾の海底で400枚を超える金貨など、様々な貨物が積まれた難破船が発見された。金貨のほかにも、宝石類や陶器、ヤギの皮、商人の衣装など、さまざまな遺物が一緒に引き上げられた。また、赤い陶器の壺の中には、数百年間保存された錠剤もあった。
しかし、この難破船の正体は数十年にわたり謎のままだった。船体自体の残存部分がほとんどなく、船名や航路を知る手がかりがほとんどなかったためだ。
そして船の正体を突き止めるため、大英博物館やボーンマス大学、英国南西部海洋考古学グループが協力した。

研究チームが手がかりにできたのは、貨物だけだった。
船の正体を突き止める最初の手がかりは金貨だった。モロッコ産と判明した金貨には鋳造年が刻まれており、最も新しい金貨は1632年に鋳造されたものだった。つまり、難破事故は、少なくとも1632年以降に起きたことを意味する。研究チームは「1632年の金貨が、船の沈没の時期を特定する上で決定的な役割を果たした」と伝えた。
30年に及ぶ調査と研究の末、フリエル氏は、ロンドンの英国国立公文書館で、一つの訴訟の記録を発見した。英国海事高等裁判所の記録には「1633年、オランダのアムステルダムの商人であるジョアン・デ・パエスとアンドレア・デ・アゼベドが、モロッコから出発しアムステルダムに向かう途中、英国沿岸で難破した商船『ドム・ファン・クーレン号』の所有権を主張した」と記されていた。

ドム・ファン・クーレン号の乗員2人は、船が英国沿岸の付近で非常に激しい嵐に遭遇し、乗員たちは高価な貨物を置き去りにして、船を捨てて脱出せざるを得なかったと証言した。
時期や場所、モロッコ産の金貨の山、そして難破の現場で回収された様々なオランダ産の遺物などが、記録とぴったり一致した。
今回の発見は、17世紀のオランダとモロッコの間の貿易の関係や、当時の習慣や技術、そして当時モロッコを統治し、その金貨を鋳造していたサアド朝に対する理解を深めると、研究チームは説明した。今回発見された金貨の山は、現在まで知られているサアド朝の金貨のコレクションの中で最大規模だ。

















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