
太平洋の水深5,200メートルの海底に83年間眠り続けていた1台の自動車が、思わぬ形で再び世に知られることとなった。ミッドウェー海戦で撃沈された米海軍空母USSヨークタウン(USS Yorktown、CV-5)の船体内部で、1941年型フォード・スーパーデラックス「ウッディ(Woody)」が発見されたのだ。米海洋大気局(NOAA)の探査船「オーシャン・エクスプローラー(Okeanos Explorer)」が派遣した遠隔操作型無人探査機(ROV)が映像に捉えたこの発見は、昨年4月19日に行われた。
白いタイヤがまず目に入った
NOAAの探査コーディネーター、サム・クエラ(Sam Cuellar)は、ROV「ディープ・ディスカバラー(Deep Discoverer)」の高画質カメラのライブ映像を監視していた際、船体の左舷後部格納庫付近で輝く丸い物体を2つ確認した。カメラが接近すると、白いタイヤが浮かび上がった。それは1台の自動車だった。

車体の大部分は、80年以上の海底での歳月が残した劣化の痕跡を如実に示していた。車名の由来となった木製フレームは腐食が進み、ほぼ原形をとどめていなかった。しかし、車両を特定するうえで重要な特徴は保たれていた。二分割式のフロントガラスは製造当時の位置に固定されたままで、クロームバンパーも元の場所に残っていた。
なぜ空母に民間車両が積まれていたのか
USSヨークタウンに1941年型の民間車両が積まれていた経緯は、いまだ公式には確認されていないが、有力な説明がある。1942年5月初めの珊瑚海海戦で損傷を受けたヨークタウンは、真珠湾海軍造船所に入港して修理を受けた。

このため、当該車両は造船所の所属車両であり、修理作業中に船内に積み込まれたまま回収されなかったというのが通説となっている。車両前面のナンバープレートには「SHIP SERVICE ___ NAVY」の文字が刻まれており、個人所有ではなく米軍造船所の所属車両であることを裏付けている。修理を終えたヨークタウンはわずか48時間で再出航した。造船所には、ウッディを回収する時間が残されていなかったとみられる。
旧日本海軍潜水艦「伊168」が終止符を打つ
1942年6月7日、ミッドウェー海戦の終盤、旧日本海軍潜水艦「伊168」が発射した魚雷がUSSヨークタウンを撃沈した。空母とともに、このフォード・ウッディも太平洋の深海へと沈んだ。それから83年を経て、NOAAの探査チームのカメラがその姿を再び捉えた。

フォードはウッディモデルを1929年から生産していたが、1942年初頭に戦時体制へ移行したため民間車両の生産を全面中止した。発見された車両は、民間生産が中止される直前に製造された最後の世代のウッディの1台だったことになる。
フォード・ウッディは第二次世界大戦の記憶とともに太平洋の深海に眠り、無人探査技術の発展により改めてその存在が世に知られることとなった。引き揚げ計画はなく、この車両はUSSヨークタウンの戦争記念物とともに水深5,200メートルの海底に残されたままとなっている。













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